[2021_10_08_30]首都圏で最大震度5強 帰宅困難者への対応は何が問題だったのか 廣井悠(ヤフー2021年10月8日)
 
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首都圏で最大震度5強 帰宅困難者への対応は何が問題だったのか 廣井悠

 10/8(金) 23:08

千葉県北西部を震源として発生した最大震度5強の地震

 2021年10月7日(木)の22時41分に千葉県北西部を震源として発生した地震は,埼玉県宮代町や東京都足立区などで最大震度5強を記録するなど,埼玉県,東京都,千葉県を中心に強い揺れをもたらしました.総務省消防庁の被害報(第5報:2021年10月8日14時時点,参考文献1)によれば,この地震は重傷者4名を記録するともに2件の火災が発生したほか,水道管からの漏水やエレベータの停止・閉じ込め,鉄道の運休に伴う帰宅困難者の発生など,都市インフラの機能不全に伴う様々な被害等が散見されました.ただ,これらは「再見」といったほうが良いかもしれません.というのも,この地震を経験して,震源の場所やマグニチュード,そして被害の様相がよく似ている千葉県北西部地震(2005年7月23日(土)に発生)を思い出された方も多いのではないでしょうか.この地震は東京都足立区などで震度5強をもたらしたもので,土曜日の夕方に発生したということもあり,エレベータの閉じ込めなどの問題が顕在化したほか,今回の地震と同じように鉄道の運休に伴って帰宅困難者も発生しました.今回の地震は16年前と同じように,震度5強程度においても大都市特有の脆弱性を垣間見ることができた災害と言及することができそうです.

 なかでも帰宅困難現象については千葉県北西部地震のみならず,10年前発生した東日本大震災でも515万人といわれる数多くの帰宅困難者が発生しており,同じ最大震度5強でもその数に大きな差異があるとはいえ,若干の既視感があります.このため今回の地震発生をうけて,私も数多くのメディアの方から取材いただいているのですが,「東日本大震災から10年が経過したのに,帰宅困難者への対応が遅れてしまった.10年前および16年前の教訓はどう生かされているのか?生かされていないとすると,何が悪かったのだろうか」という質問を数多くいただいています.このような疑問は全く率直な問題意識に基づくもので,同じように考えられる方もおそらく多いのではないかと推察します.

 この疑問に対して,現在のところ私は「今回のような最大震度5強の地震における帰宅困難者対応と,震度6強や震度7を想定した帰宅困難者対策は,問題の所在や対策の意義が大きく異なるため,一概にいいか悪いかは言えない」と回答しています(もちろん個人的な見解です).わかりやすく説明するために,そもそもなぜ帰宅困難者対策が必要か,帰宅困難者対策の意義はどのようなところにあるのか,という点を考えてみましょう.

帰宅困難者対策を行う「意義」から考える,今回の地震における帰宅困難者対応の是非

 帰宅困難者対策を行う意義として,まず考えられるのは大都市・大震災・大混雑問題の解決というものです.東京や大阪などの大都市中心部で,平日の昼間に震度7や震度6強などの大きな揺れをもたらす地震が発生すると,家族を心配してあるいは勤めている事業所が被災して物理的にとどまることができず,多くの方が帰宅行動をとるであろうことが推察されます.また東日本大震災でもあったように,大都市中心部で孤立している家族を車で迎えに行こうとする交通需要の発生も考えられます.このように大都市内の大部分の通勤者が一斉に帰宅したり,迎えに行く自動車交通需要が急激に増加することで,歩道や車道でこれまでにない過密空間や交通渋滞が生まれ,群衆事故が起きたり,車道の渋滞が救急活動や消防活動を阻害する可能性があります.強震下での大都市では,帰宅困難者の帰宅行動や送迎行動に起因して,こういった二次的な被災が考えられます.首都直下地震や南海トラフ巨大地震等で,どの程度このような現象が発生し,その被害量がどれくらいかはわかりませんが,少なくとも人命に関する問題であることは確かです.なので,このような状況を発生させないために,帰らせない・迎えに行かせないという対応が重要となります.私はこれを「移動のトリアージ」と呼称していますが,帰宅行動はいったん社会全体で抑えて,限りある道路空間を消防活動や救急活動に優先させよう,という考え方です.

 つまり,上記のような「大都市で」・「平日の昼間に突発的に電車が止まり」・「都市で大災害が発生しているなかで」という3つの条件が揃った場合,帰宅困難者対策は文字通り「(間接的に)命に関わる対策」となる可能性があります.ちなみに,2011年に発生した東日本大震災時の東京は最大震度5強なので,最後の条件が十分に満たされていません.つまり今回の地震と同じく,東日本大震災時であっても,帰宅困難者の大量発生は「命に関わる問題」にはなりませんでした.しかし,我々が優先的に対策すべきはやはり人命に関わるケースではないかと考えられます.このため東日本大震災から10年ものあいだ,東京や大阪をはじめとした全国の大都市は,平日昼間の大都市大震災という条件に注視して,精力的に対策を進めてきました.つまり16年前の千葉県北西部地震も,10年前の東日本大震災も,今回の2021年10月7日の地震も,帰宅困難者問題に限っては「大都市・大震災・大混雑問題」の前提条件とは異なる条件下での災害であるわけです.特に,市街地が壊滅的な被害を受けていないなかで若干の帰宅困難者が出た今回の地震のケースは,帰宅困難者になった当事者の方は大変な思いをされたと思いますので決して揶揄する意図はないのですが,帰るのが大変だった問題と解釈するのがよいかもしれません.これが,「今回の地震の帰宅困難者対応の是非をもって,これまで行われてきた帰宅困難者対策を良い悪いと評価できない」と私が考える理由になります.

今回の地震をうけて見えてきた「教訓」

 しかしながら,今回の地震を経験したことが,何の教訓も得られなかったのかといえば,必ずしもそうではありません.条件によっては「帰るのが大変だった問題」にも相当程度の対策の意義があるものと考えられるからです.これは,例えば真冬に突発的に地震が発生するなど,気温が著しく低いケースが挙げられます.このような条件下においては,地震による被害がどんなに軽微であっても,帰宅困難者の人数がどんなに少なくても,迅速に彼らを保護する必要があるものと考えられます.2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震では大規模停電等が原因となり,全道の観光客の一部が札幌市に集中したうえで,行き場を失ってしまいました.これに対して札幌市では,帰国困難者になってしまった彼らを地下空間で受け入れたという実例があります.当日は寒さも厳しくなかったため,大きな問題には至らなかったということですが,真冬であれば滞留場所として別の場所が必要であった可能性もあります.このように,市街地の物理的な被害が小さい状況であっても,寒さのみならず雨天や大きな余震なども想定し,帰宅困難者を保護するための迅速な対応や事前の体制づくりはある程度必要でしょう.

 大規模災害時に大都市で大量の帰宅困難者が発生する原因は,ひとえに昼夜間人口の大きな差異をもたらす顕著な職住分布の偏りという,大都市の構造的な問題に起因します.したがって上述したように,大都市で平日の昼間に突発的に鉄道が止まると,それが地震であろうが,大規模停電であろうが,大量の帰宅困難者は必ず発生します.我々はその激甚性の高さから,「大都市での平日昼間における大震災」のような過酷な条件のみを想定して対応を考えたくなりますし,実際にも危機管理としてこのような状況を第一に想定しておくことは理にかなっているのですが,一方で今回のように夜間であったり,あるいは早朝であったり,休日などに帰宅困難者への支援をどう実現するかについて,ある程度は事前に考えておく必要もありそうです.

 2018年6月に発生した大阪府北部地震は出勤時間帯に発生した地震であったため,鉄道で出勤できなくなった通勤者の一部が車に交通手段を変更したことで,都心部において大渋滞が発生し,救急車の到着が著しく遅れたという「出勤困難現象」が発生しています(参考文献2).関西広域連合等はこの教訓を踏まえ,帰宅困難者の移動方針を地震の発生時間帯で分類する「時間帯別ルール」を設けました(参考文献3).これにより,出勤前に地震が起きたら無理して職場に行かず,周囲の高齢者の安否を確認するなど居住地域での災害対応を優先しよう,という社会のルールが近畿圏ではできつつあるものと私は解釈しています.いまなら事業継続に従事する社員も,ネット環境等に被害がなければその一部は物理的に出勤せずにリモートワークで対応する,という選択肢があってもよいかもしれません.

 一方で,首都圏ではまだこのような発災条件別のルール作りは十分に行われていないのではないかと考えます.帰宅困難者対策はその意義も対策のメニューも防災対策上の優先順位も,都市の規模・被害の激甚性・発生の時間帯・曜日・天候によって大きく異なります.大阪などでは,津波が来た場合も想定しておく必要があるかもしれません.考えておくべきケースはまだまだ残されてるのではないかと推察します.だからこそ今後は今回の地震を教訓に,これまで平日の昼間の発災一辺倒で考えてきた想定(このような過酷な条件を考えることは最も重要ではあるものの)を見直し,帰宅困難者対策の意義やその対応方針を様々なケースごとに整理して,その方針や行動規範を通勤者あるいは事業者へわかりやすいメッセージとして伝える必要がありそうです.

【注】この記事における見解は、2021年10月8日時点で得られた被害情報のみをもとに執筆した著者の個人的見解であり、今後修正する可能性もありますことをご認識ください。

【参考文献】
1)総務省消防庁:千葉県北西部を震源とする地震による被害及び 消防機関等の対応状況(第5報)(https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/20211007chibakenhokuseibu5.pdf)
2)廣井悠:2018年大阪府北部地震で顕在化した「出勤困難」という現象(https://news.yahoo.co.jp/byline/hiroiu/20190613-00129949)
3)関西広域連合:帰宅困難者対策について(https://www.kouiki-kansai.jp/koikirengo/jisijimu/bosai/4749.html)
廣井悠
東京大学大学院工学研究科・教授/都市工学者
東京大学大学院工学系研究科・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より現職。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、都市住宅学会学会賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど
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