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会員の声
原発の基準地震動と超過確率

浜田信生

1.はじめに
  2013年の地球惑星科学連合学会では,「地球科学者の社会的責任」というセッションで原子力発電所に関する問題が取り上げられた.その中で筆者は原発の基準地震動に関する質問をしたが,時間も限られた中で議論は不可能であったので,改めて基準地震動に関する疑問について触れてみたい.なお原子力関係の用語の定義については,理解不足もあり,正確さを欠く表現があるかもしれないことは,初めにお断りしておく.

2.基準地震動と超過確率
  基準地震動は,原子力発電所を建設する際の耐震設計の基準になる強震動のことで,設置場所で予想される揺れ(加速度)のことであり水平,上下動成分の応答スペクトルで表され,数値は特定の周期の加速度を示しているようである.2011年東北地方太平洋沖地震までの基準は,2006年に改訂された発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(原子力安全委員会,2006)に基づいて,各電力会社が原発毎に定め,旧原子力安全・保安院が審査して承認するという手続きが踏まれ,原子力規制委員会でも審査の内容については見直しが行われているが,ほぼ形式は踏襲されている(原子力規制委員会,2013).なお基準地震動は,解放基盤と呼ばれる原子炉建屋の基礎を置く地盤上において,建屋などがない状態の揺れとして定められるもので,地表や建屋内で実際に観測される地震動とは観測条件が異なる.地表や建屋内で観測される地震動は,解放基盤上での地震動に換算され,基準と比較される,もしくは逆に,解放基盤での基準地震動を,それぞれの観測条件での地震動に変換して観測された地震動と比較が行われている.
  基準地震動は予想される最大の揺れであるとしても,それを上回る揺れが絶対にないとはいえないことから,各電力会社が基準地震動を策定する際の資料には,基準地震動を上回る揺れが起きる超過確率(日本原子力学会,2007)も必ず記載されており,審査指針でもそれを参照することになっている.その超過確率を見ると,年あたりの基準地震動を越える揺れが発生する確率はほとんどの場合,10−4〜10−5/年,場所によっては10−4〜10−6/年となっており,基準地震動を越える揺れは,1万年から10万年,場所によっては100万年に1回の非常に希な現象ということになる.以上から,いずれの原発でも基準地震動を上回る揺れが観測される頻度は,1万年に1回以下と推定されていることになる.問題は,実際にはこの基準地震動を上回る揺れが,最近しばしば観測されていることにある.
  まず耐震設計基準が改定される前の2005年8月の宮城県沖地震(Mj7.2)では,女川原発で改定される前の基準地震動を越える揺れが観測され(原子力安全・保安院,2006),基準地震動は375galから新しい設計基準を満たす580galに引き上げられた.志賀原発では2007年3月の能登半島地震(Mj6.9)で,新しい指針によって改訂された基準地震動600galは越えなかったが,改訂前の490galを越える地震動が観測された(北陸電力,2007).さらに,2007年7月には新潟県中越沖地震(Mj6.8)により柏崎刈羽原発で,基準地震動の倍近い地震動が観測され,基準地震動は地震後大幅に引き上げられている(原子力安全・保安院,2009a).そして,2011年3月の東北地方太平洋沖地震では,女川原発と,福島第一原発で基準地震動をやや上回る地震動が観測された(東北電力,2011).新旧の基準の違いはあり,旧基準では超過確率は明確でないが,過去十年間に,基準地震動を上回る地震動が4つの地震で観測されたことになる.特に女川原発では基準の改定前,改訂後の2度にわたって基準を超える揺れに見舞われたことになる.全国に商業用原子力発電施設は17カ所,実験用施設を含めても20カ所あまりに過ぎない.それぞれの場所で1万年に1回以下の頻度でしか期待できない希有の強震動が,10年間に4回も起きるとは一体どういうことだろうかというのは,筆者ばかりでなく事情を説明されるなら誰でも抱く素朴な疑問である.

3.残余のリスクと確率論的安全評価
   (PSA:Probabilistic Safety Assessment)
  2006年の耐震設計審査指針には,残余のリスクという用語が明記されている.そこには「地震学的見地から基準地震動を上回る地震動が生起する可能性は,否定できない」として,基準地震動を上回る地震動の影響により重大な事故が起きることのリスクに注意し,これらのリスクを「残余のリスク」と呼び,残余のリスクを最小にする努力を求めている.現実の基準地震動は,前述のように「生起する可能性は否定できない」レベルとは思えないが,それはともかくとして,技術の世界に絶対の安全は存在しないことを考えれば,残余のリスクの評価は原発の安全確保のためには欠かせない.残余のリスク評価と関連するのが,確率論的安全評価(PSA)である.
  図1の模式図をご覧頂きたい.横軸は地震動の強さ,縦軸は地震動による原発のある部品の損傷確率を示している.真ん中の縦線は,基準地震動を表している.実際の工業製品は強度に必ずばらつきがあり,曲線Aで表されるような損傷確率を持ち,基準以下でも僅かではあるが,壊れる可能性がある.その一方で基準を越えたとしても直ちに壊れるとは限らず,強度に余裕を持っている.この余裕は業界用語では裕度と呼ばれ,一般の用語では安全係数に対応する.いっぽう曲線Bは,ハザード曲線と呼ばれ,横軸は同じであるが,縦軸は地震動の発生頻度を表したもので,地震動が大きくなるほど発生頻度は小さくなる.A,Bの曲線が交わる部分は,部品に損傷が起きる領域を示しており,この部分について原子炉の重大事故の発生に結びつく確率を評価しようとするのが,確率論的安全評価(PSA)である.A,Bの曲線が交わる部分の面積を出来るだけ小さくなるように設計することで安全性の向上が図られるが,一方で原子炉建設のコストも上昇する.
【図1 地震動の頻度と損傷確率】

  話は少しそれるが図2を比較のため参照されたい.この場合は地震動の代わりに横軸は津波の高さ,縦軸は津波により事故が起きる確率を表したもので,福島第一原発を思い浮かべると,基準の津波の高さは5.5mとなる.図1との違いは曲線Aの立ち上がりの急なことで,基準を超える,つまり防潮堤を津波が越えると,直ちに損傷が起きることを示している.地震動と津波の違いは,津波には裕度がまったく設けられていなかったことにある.工業製品では,重要度に応じて,すべての部品に安全係数をかけて作るのが常識であるが,福島第一原発の場合,地震動には安全係数がたっぷりかけられていたが,津波に対してはまったく考慮されなかったことになる.事故の原因を想定外の津波に帰する主張もあるが,福島第一原発の現状は,初めから安全設計の思想を満たしていなかったことになる.ちなみに曲線Aの勾配をできるだけ緩やかになるように設計することが,安全設計のために重要と言われている.
【図2 津波による原発の損傷確率】

4.基準地震動についての疑問
  原発の耐震設計では裕度を大きくとっているため,例え基準地震動を越える強震に見舞われたとしても,原子炉の重大な損傷はこれまでに起きていない.そのことは各電力会社が後から行う耐震に関するバックチェック,あるいは公的機関が行うクロスチェックと呼ばれる検証作業で示されている(原子力安全・保安院,2009b).しかしながら,10年間で4回も基準を上回るという事態をどう評価すべきであろうか.基準地震動の策定方法か,基準地震動の超過確率の計算のいずれか,もしくは両方に誤りがあると考えるのが自然であろう.10年間で4回というのは,地質学的時間スケールの中では偶然起きうるかもしれないが,今回たまたまそうなったとは考え難い.
  表1は現在の発電用原子炉の基準地震動の一覧である.我が国では1980年代終わりに気象庁が87型電磁式強震計の展開を始めたのを皮切りに,1995年の兵庫県南部地震の後には,K-NET,KiK-net,気象庁や自治体の計測震度計の観測網など,高密度のディジタル強震観測網が展開されて来た.1993年の釧路沖地震(Mj7.5)では釧路地方気象台で900galを,1995年の兵庫県南部地震(Mj7.3)では神戸海洋気象台で800galを越える強震動が観測されたのを皮切りに,続々と500galを越える強震動が観測されている.表1の値とそれら観測された強震動を比較すると,解放基盤上と地表という観測条件の違いはあるにせよ,基準地震動の値が1万年に1回以下の頻度でしか観測されない希な値とは筆者には思えない.実際の超過確率はせいぜい1000年から100年に1回程度でしかないと思われる.超過確率の推定が10倍から100倍の誤差を持つとすると,ハザード曲線と確率論的安全評価に無視できない影響を与えるはずである.原子炉の炉心損傷事故の発生確率を,1万年に1回以下に抑えるという原発の総合的な安全基準への影響は,まぬがれないのではなかろうか.
【表1 各原発の基準地震動一覧】

  原発関係の各種調査報告書には,学会員の論文が多々引用されているが,特に理学関係の論文は,引用されていることすらご存知ない学会員も多い.地震学以外の分野で論文がどのように利用されているか,少しは関心を払うことが望ましいと思う.基準地震動の策定には,地震学の知見が多々動員されている以上,基準地震動の策定に関わった方々には,学会員に対しては勿論のこと,一般社会に対しても上記の素朴な疑問についての説明責任があると考える次第である.

参考資料

原子力安全・保安院,2006,平成17年8月16日に発生した宮城県沖の地震を踏まえた女川原子力発電所の耐震安全性について
http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/koho/symposium/files/miyagi/p01.pdf

原子力安全・保安院,2009a,新潟県中越沖地震を受けた柏崎刈羽原子力発電所に係る原子力安全・保安院の対応(中間報告)
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90309b03j.pdf

原子力安全・保安院,2009b,原子力発電所に関する耐震バックチェックについて
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90925a08j.pdf

原子力安全委員会,2006,発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/shinsashishin/pdf/1/si004.pdf

原子力規制委員会,2013,基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(案)
http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/shin_taishinkijyun/data/0010_03.pdf

北陸電力,2007,能登半島地震を踏まえた志賀原子力発電所の耐震安全性確認について(修正)
http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g70824b19j.pdf

日本原子力学会,2007,原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準:2007, 日本原子力学会,636pp.

東北電力,2011,女川原子力発電所における平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震時に取得された地震観測記録の分析および津波の調査結果に係わる報告書
http://www.tohoku-epco.co.jp/ICSFiles/afieldfile/2011/04/07/110407_np_b.pdf

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