[2018_12_31_03]古賀茂明「英国、トルコ原発輸出頓挫、アストリッド凍結でも諦めない安倍政権の執念」(AERA2018年12月31日)
 
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古賀茂明「英国、トルコ原発輸出頓挫、アストリッド凍結でも諦めない安倍政権の執念」

 2018年12月17日、英国での原発建設計画について、日立製作所がコスト高を理由に事実上これを断念する意向を示したというニュースが大きく報じられた。正確に言えば、英国政府に現状のままでは厳しいと伝えたということになっているが、英国政府がこれ以上大幅な助成措置の拡大をすることは難しいので、結局は断念せざるを得ないだろうというのが大方の見方だ。
 安倍晋三総理が年明けに英国を訪問することになっているので、ここでのトップ会談に向けた日立からの英国政府に対する脅しだという点には留意しなければならないが、いずれにしてもそれが最後のチャンスになるだろう。
 原発輸出は、アベノミクスの成長戦略の大事な柱である。民主党政権以来、日本が取り組んで来た原発輸出案件は、一時は5カ国以上で進められていたが、その後は頓挫する案件が続き、つい最近も三菱重工業がトルコの原発新設計画の断念に向けた調整に入ったと発表したばかりだった。日立の英国案件が最後の砦という状況だったのだが、これも頓挫となれば、安倍政権の看板政策が一つ完全に倒れてしまうということで、マスコミは、このニュースを大きく取り上げ、国民の関心も集まった。
 一方、その少し前に伝えられた日本の原発政策に大きな影響を与えるであろうもう一つのニュースの方は、あまり大きな騒ぎにはならなかった。そのニュースとは、18年1月末に流れた、フランスが進めている高速実証炉「ASTRID(アストリッド)」の開発が、2020年以降凍結されるというものだ。仏政府は19年までで研究を中断し、20年以降は予算を付けないという。実は、日本は、この計画に参加していて、すでに約200億円の予算を投じている。各新聞は、日本の原子力政策にとって大きな打撃になるというトーンで伝えたが、日立の案件に比べると、それほど大きな騒ぎにはならなかった。民放のニュースがこれを報じなかったことが影響しているのであろう。
 その報道直後の12月1日付東京新聞は「経産省が新小型原発の開発に乗り出した」と伝えた。さらに、翌2日付読売新聞は、「経産省、原子力ベンチャー育成…次世代炉開発へ」という見出しで、政府が民間企業に財政支援を行う方針を打ち出したというニュースを流した。私は、このニュースを見た時、リークしたのは経産省だと思った。
 そして、経産省はこれに合わせるかのように、12月3日に、高速炉開発に向けた「戦略ロードマップ骨子」を発表した。一連の高速炉開発に絡むニュースの背景を読み解くと、経産省の利権への執着が見えてくる。
 読者もよくご存知のとおり、日本は使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル政策を原子力政策の基本としている。核燃料サイクルとは、行き場のない核のゴミを再処理してプルトニウムを取り出し、それを原発燃料として再利用するという計画だ。そして、この核燃料サイクル政策の二本柱となっているのが、青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理施設と「消費する核燃料よりも新たに生成する核燃料の方が多くなる」という夢の高速増殖炉「もんじゅ」だった。ところが、六ヶ所村の再処理施設も「もんじゅ」もいつまで経っても動かないことに対して、批判の声が高まった。特に「もんじゅ」は、1兆円かけても事故や不祥事続きで、誰が見ても先がないことが明らかとなり、ついに、16年には廃炉が決まってしまった。
 そこで、「もんじゅ」の代わりの高速炉(ただし、「もんじゅ」と違って消費した燃料以上の核燃料を生成する増殖炉ではない)として白羽の矢が立ったのは、フランス政府が進める「アストリッド」だ。日本の原発政策の要のプロジェクトがフランス政府のプロジェクトになったのだ。フランス政府は、アストリッドに19年までに10億ユーロ(約1200億円)を投じ、20年代半ばまでに建設可否を判断する姿勢を示していたのだが、建設コストが高騰し、全体では、数千億から1兆円にも上るという話になった。それではとても採算が取れないということで、実は、フランス政府は18年6月に計画の縮小方針を日本側に伝えてきていた。
 経産省がアストリッドに賭けた狙いは三つある。第一が、日本が原爆の原料となるプルトニウムを大量に保有していることに国際的批判が高まっているため、「アストリッド」を開発して、このプルトニウムを効率的に使用して減らすという計画を世界に示すことだ。大量のプルトニウム保有で高まる核開発疑惑への言い訳である。
 第二の狙いは、六ヶ所村で再処理されたプルトニウムを使う核燃料サイクルの話が今も生きていることを国内、特に青森県や原発立地地域に示すことだ。核のゴミは再利用するから核のゴミの問題は心配しなくてよいという神話を維持して、地元住民を騙すためである。
 第三の狙いは、「もんじゅ」失敗の責任を文科省に押し付け、核燃料サイクルという巨大利権を経産省で独り占めすることである。「もんじゅ」と違って、「アストリッド」は商業用の実証炉なので、文科省ではなく経産省所管にできるという「利権のおまけ」が大きいのである。
 経産省としては、これらの目的のために、どうしても高速炉「アストリッド」開発を続ける必要があったのだ。
 ところが2018年6月時点で、フランス政府が「アストリッド」の計画縮小を日本政府に示してきた。フランスは原発大国で、現在の原発依存度は7割超だが、これを50%まで下げる計画を立てている。脱原発ではないものの、差し迫って新しい原発を開発する必要性はそれほど高くないということも今回の決定の背景にあるようだ。
 冒頭で紹介したとおり、経産省は、200億円の予算を投入していて、18年度は51億円の大金を計画に参加する三菱重工業などにばらまいている。この予算は国民の血税だが、経産省の役人にすれば、自分が好きに差配できるポケットマネーであり、利権そのものである。
 このまま「アストリッド」プロジェクトが19年で終われば、20年以降、関連予算は不要となる。本来は数千億円規模に膨らむはずの経産省の予算に「穴」が空き、その分、省としての権限や利権が小さくなってしまうのを、何もしないで放置するということは、「官僚の常識」ではありえないことだ。
 また、高速炉は、核のゴミを再利用する核燃料サイクルの肝であり、その存在は、原発政策の前提である。それを失えば、原発維持は難しくなるのは必至。そのため、経産省は、フランス政府が凍結を実質的に決めていたのをわかったうえで、表向きはそのことには知らんぷりしたまま、その間に「アストリッド」に代わる「夢のプロジェクト」を作り上げようと画策していた。
 しかし、元々、高速炉は実現可能性が極めて疑わしく、先進国は次々と撤退してしまった。新プロジェクトを短期間ででっちあげようとしても、さすがに無理だったようだ。結局、経産省は、審議会で、抽象的な「戦略ロードマップ骨子」を示すことしかできなかった。そして、これをそのままオーソライズするために開催された政府の原子力関係閣僚会議は12月21日、事実上破たんした核燃料サイクルの重要性を謳い、長期的には高速炉の開発は必須であるという前提で、高速炉の実用化目標を今世紀後半に先送りする工程表を正式決定してしまった。どんな高速炉を開発するのかの具体像は全くなく、民間に競わせていくつかの技術の可能性を試した上で、24年以降に具体的な内容を決める予定だという。このため、読売新聞などが報じていたとおり、21日に閣議決定された政府の19年度当初予算案には、「革新的な原子力技術開発支援費」(6.5億円)が新規事業として盛り込まれた。また、既に凍結が決まった「アストリッド」を含め、国際協力のための研究開発にも41.5億円が計上されている。
 この一連の流れを見ると、19年度予算編成時期に合わせて、「アストリッド」凍結で予算削減の圧力にさらされる経産省が、それをかわすための雰囲気作りをしながら、アストリッドの穴を埋める予算のネタを揃えて、その情報をリークしてマスコミに書かせていたことがよくわかる。
 本来は、福島第一原発の事故を踏まえて、日本の原子力政策を根本的に見直すべきなのに、それを怠ったまま、過去の遺物となった核燃料サイクル政策を維持する姿勢には、開いた口が塞がらない。
 国際エネルギー機関(IEA)によると、原発の「新設」投資は17年に約1兆円で、16年比で7割減。再生可能エネルギーに比べてコスト高で、競争できなくなっているためだ。先進国は、そのことにとっくに気づいている。今、原発を熱心に建設しているのは、中国とロシアが中心で、あとは若干の新興国だけだ。日本が輸出を狙っていた原発プロジェクトが次々と頓挫したのを見ても、原発が再生可能エネルギーに取って代わられるという潮流はますますはっきりしてきた。
 ところが、経産省の利権維持のために、さらに巨額の予算を注ぎこもうとする日本。もちろん、その裏には、核武装のための技術を保持するために、何としても原発を維持したい安倍政権の強力な後押しがある。
 このままでは、日本は、ますます世界の流れに後れをとるばかりだ。
 政府が決めれば、脱原発はすぐにでもできる。
 逆に言えば、脱原発を実現する政府を選ぶしかないということだ。主権者である国民が目覚めるのはいつなのだろうか。
「19年こそは」と期待したい。

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