[2026_02_27_03]2月26日伊方原発運転差止山口裁判 またも司法の無責任な逃亡 福島第一原発事故を忘れた司法判断 「行政の判断を形式的に追認することは被害者保護という司法本来の機能を麻痺させている」 「判決要旨」を批判する 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)(たんぽぽ2026年2月27日)
 
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2月26日伊方原発運転差止山口裁判 またも司法の無責任な逃亡 福島第一原発事故を忘れた司法判断 「行政の判断を形式的に追認することは被害者保護という司法本来の機能を麻痺させている」 「判決要旨」を批判する 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)

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◎ 2月26日、伊方原発で重大事故が起これば、瀬戸内海を挟んで対岸の山口県でも甚大な被害を受け人格権が侵害されるとして、162人が3号機の運転差し止めを求めた訴訟(伊方原発運転差止山口裁判)の判決が山口地裁岩国支部であった。

 小川暁裁判長は事業者と規制当局の判断に不合理な点はなく「原告らの生命、身体を侵害する具体的危険があるとは認められない」として請求を棄却した。

 判決は形式的に原子力規制委員会(以下「規制委」)の判断に対する異常なまでの「尊重」を示す一方で、科学的不確実性や低頻度だが高被害の事象に対する司法の役割を放棄している。

 判決は規制基準の「合理性」と規制委の「不合理性の不存在」を根拠に原告の請求を棄却したものであり、極めて不当だ。

 判決は『原子力規制委員会がその策定した新規制基準に発電用原子炉施設が適合するとの判断を示した場合には、その安全性については、判断基準及びこれに適合するとした判断に不合理な点があるかという観点から検討すべきであり、…』としているが、その論理展開と事実認定には複数の重大な欠陥がある。

 以下、主要な問題点を整理し、具体的な問題点を論ずる。

1.司法審査の枠組み設定の問題点―過度の行政的委任(事実審査の放棄)

 判決は規制委の判断を出発点にし、「不合理性がない限り」安全性を認める枠組みを採用している。これは司法が独自に危険性の評価を行うべき場面で、事実認定を事実上規制委に丸投げする構図を生む。

 その問題点としては、規制委の審査自体が専門的・技術的であることは事実としても、裁判所は「不合理性」の有無を精緻に検証するための独自の事実調査、すなわち反対意見の検討、データの再評価、専門家の対比などをすべきところ、それを怠っている。単に「複数の専門家が支持している」との記述で片付けるのは不当である。

 また、立証責任の転換が極めて不公平である。

 判決はまず被告(事業者)に新規制基準や規制委判断に不合理性がないことを主張立証させ、被告が尽くした場合に原告に具体的立証を求めるとする。

 しかし原告は被告の保有する調査データや専門解析にアクセスできないのが通常であり、実質的に立証不可能なハードルを課している。

 裁判所は被告の主張・資料の妥当性を独立に検証する義務があるはすだ。

2.地震リスク評価に関する具体的欠陥−
  調査手法(二次元音波探査)を安易に容認

 判決は『二次元音波探査の方法によるもので…明瞭なものであり…三次元音波探査を実施すべきであったとはいえない』と結論付ける。
 そもそも音波探査では明瞭な地質構造を見極めることは難しい。

 特に伊方沖のように複雑な海底地形では、堆積層や断層の立体的構造、断層の連続性や分岐、または傾斜成分を評価するにはせめて3D(三次元)データ程度は使わないと無理である。
 2D(二次元)のみで「明瞭」と断定するのは科学的ではない。

 特に中央構造線のような複雑な断層帯では、局所的な正断層成分や過去の活動痕跡を見落とすリスクが高い。
 また、裁判所の検証不足も問題である。
 判決は「複数の専門家が支持している」とするが、支持する専門家の立場や主張の前提または解析手法の差異はもとより、特に反対意見の存在を検討していない。

 専門家間の争点を整理した上で、どの点が決定的かを明示出来るくらいには審査すべきである。
 さらに、「明瞭性」の基準が曖昧だ。
 判決は調査結果が「明瞭なものである」とするが、何をもって明瞭とす
るかの基準が示されていない。
 科学的評価では不確実性の定量化(信頼区間、感度解析、代替仮定下での結果)が不可欠であり、単なる印象記述で評価を済ませるべきではない。

3.火山リスク評価に関する問題点−慎重さを欠く「非切迫性要件」と「具体的根拠欠缺(けんけつ)要件」

 判決は「令和元年火山ガイド」に基づく枠組みを支持し、「非切迫性」かつ「具体的根拠欠缺(けんけつ)」であれば運用期間中の巨大噴火の可能性は社会通念上容認できるとする。

 しかし巨大噴火は低頻度だが被害は壊滅的であり、予防原則の観点からは、低確率×高被害の事象に対しても厳格な審査が求められる。
 判決は「低頻度」を理由にリスクを容認(事実上無視)しているが、これは被害の規模を考慮したリスク評価(期待被害=確率×被害規模)をも無視している。

 これには地球物理学的データの解釈についても安易に結論を出している。『草千里南部(阿蘇山の火山活動を評価する上での特定の調査地点、阿蘇五岳の一つである烏帽子岳の北麓に広がる直径約1kmの草原の南側)の地下約6kmのマグマ溜まりは大規模ではない』『玄武岩質であるため巨大噴火の引き金とはならない』などと被告の評価を追認するだけだ。

 これは、マグマ組成や深さだけで巨大噴火の可能性を否定する短絡的な主張である。
 マグマ供給系の変化や長期的な地殻変動または熱水系の変化など複合的要因が噴火様式を変える可能性がある。
 しかし判決では「複数の地球物理学的調査」を根拠にしつつも、調査の解像度や時点や解析手法の差異を検討していない。

 さらに将来変化の不確実性を過小評価している。
 判決は「現在の活動状況」を基準に判断すべきとするが、原子炉の運転期間及び使用済燃料の残存期間(数十年から100年単位)にわたる地殻・マグマ系の変化まで十分に考慮することはしていない。
 長期的な確率論的評価やシナリオ分析が欠落している。

4.避難計画に関する裁判所の判断の問題点

 判決では『原告らの居住する地域に係る避難計画を欠くことのみをもって…差止めを認めることはできない』と述べる。

 しかし避難計画の欠如または避難そのものの不可能性は、原子力災害発生時の被害拡大を直接的に助長する要因であり、リスク評価の一部として扱うべきである。
 安全性の評価を「設計・施設の耐性」だけに限定し、避難や被害軽減策を別枠で切り離すのは不当である。
 避難計画の欠如と不備は、原告らの人格権(生命や身体の保護)に直結する重要事実であり、これを軽視するのは司法の責務放棄だ。

5.証拠評価と専門家証言の扱いに関する欠落

 判決は「複数の専門家が支持している」と繰り返すが、反対意見や懸念を示す専門家の主張を十分に検討そして反駁もしていない。裁判所は専門家間の争点や論点の差異、特にデータの解釈、モデルの仮定、感度などを明示的に比較検討すべきである。

 また、不確実性の定量的な扱いも認められない。感度解析、確率分布、最悪ケースのシナリオの提示など、リスク評価に必須の定量的手法が判決文には見られない。
 単なる「不合理性の不存在」では、科学的な不確実性を裁判所が適切に反映したとは言えない。

6.法理的・政策的帰結―この判決のどこがなぜ問題か

 この判決は決定的に司法の役割縮小を目指すものだ。
 判決では行政の専門判断に対する司法のチェック機能を弱め、将来の同種訴訟においても「規制委追認」型の結論を誘発する。いや、特に近年続いている原告敗訴の判決でも同じ論理展開が続いている。

 被害者保護の後退も顕著だ。火山リスク評価を事業者の評価のままでよしとする立場では、低頻度だが壊滅的なリスクに対して被害が現実化するまで差止め等の救済が得られなくなる。
 さらに透明性と説明責任の欠如が繰り返し示されている。

 裁判所が規制委や事業者の資料を独立に検証し公開の場で争点を整理することを怠ると、公平性も信頼性も損なわれる。
 それが今、次々に進行しているのである。

7.法的・倫理的観点

 判決は形式的に合理性の基準を掲げるが、低頻度高被害リスクに対する慎重性、証拠の透明な比較検討、被害者保護の観点が欠落している。

 司法は規制委などの専門性を尊重したとしても、最終的な安全性の判断においては独自の事実認定と不確実性の評価を放棄してはならない。
 この判決の論理構造は、将来における重大事故発生時に「事後的に正当化される」ようなリスク受容さえも許容する危険を孕むといわねばならない。

◎ 最後に、判決の論理構造を再びまとめて問題提起する。

 火山噴火リスクについて、現状では切迫していないこと、さらに具体的根拠が欠缺(けんけつ)している状況、というのは、判決によると、原発の運用期間中に巨大噴火が発生する可能性を示す科学的に合理性のある具体的な根拠が示されていない状態であることを意味するとしている。

 この判決の論理に従うと、もし将来噴火や地震で事故が起きたとしても、国や事業者は「当時の最高水準の科学的知見(ガイド)に基づき、裁判所も認めた適正な手続きを踏んでいた。起きたことは当時の具体的根拠を超えた『想定外』である」と事後的に正当化できてしまう。

 司法が「不確実性」に目をつむり、行政の判断を形式的に追認することは、被害者保護という司法本来の機能を麻痺させているのである。
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