[2019_11_25_02]「旧原子力災害対策センター」は原発事故後になぜ機能しなかった? 教訓をいかし現在は…(福島テレビ2019年11月25日) |
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解体が始まった福島県大熊町にある「旧原子力災害対策センター」は原発事故の時に十分機能することは出来なかった。 <その要因は大きく分けて3つ> 【電源の喪失】 非常用バッテリーは不具合がおきてわずか30分しかもたず、停電した。 【連絡手段の脆弱さ】 電話回線が地震で切断され一部の衛星電話を除いて外部との連絡が難しくなった。 【被ばく対策の不足】 第一原発から放出された大量の放射性物質が建物内に入り込むのを防ぐ設備が不十分で、作業員の被ばくを防ぎきれなかった。 こうした教訓を踏まえ、原発事故に対応する新たな体制が取られている。 原発事故後、原子力災害対策センターは福島県楢葉町と福島県南相馬市へ新たに整備された。 大熊町の施設の教訓を踏まえて非常用電源や通信手段は複数確保し、放射性物質が入り込むのを防ぐ設備も設置するなど対策が強化された。 さらに、両方の施設が使用できなくなった場合には、福島県三春町にある環境創造センターが役割を引き継ぐ。 失敗を繰り返さないための取組みが進められている。 |
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