[2019_10_11_10]津波が運ぶ感染症(島村英紀2019年10月11日)
 
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津波が運ぶ感染症

 熱帯地域にしか分布しなかった病気が、いままでなかったところにも拡がっている。肺炎に似た「クリプトコックス症」だ。北米大陸の北西部沿岸で300人以上がかかり、その死亡率は約10%という高い数字だという。
 この病原菌を南米から北米大陸に運んだのは、どの船にもついているバラストタンクの海水だったらしい。船は空荷になると喫水(きっすい)が上がってしまって不安定になるので、バラストタンクに近くの海水を満たす。それを積み荷が積まれる遠くの海で捨てるのだ。
 北米大陸北西部沿岸で見つかった菌を調べると、その古さは南米からの船による輸送が始まった時期と一致していた。1914年にパナマ運河が開通して以降、船の輸送が急増していたのだ。
 だが、この菌の人への感染が初めて確認されたのは1999年だった。つまり半世紀以上もの時間遅れがあったのである。
 通常の感染ルートならば、菌の胞子を吸い込むことで菌が肺に入り込んですぐに発症する。この菌は海水には弱く、人への感染能力のほとんどを失ったに違いないと思われている。半世紀以上海を漂っているというのは不思議だった。
 この時間遅れを解くため、最近、新しい学説が出された。それは、この病気の元になる菌が大地震の津波で沿岸や森林に入りこみ、そこで生き延びるために人間にとって有害な「進化」を遂げたというものだ。
 その大地震とは1964年のアラスカ地震。マグニチュード(M)9.2。米国の地震観測史上で最大、世界でも最大クラスの地震だった。この地震からの津波は、カナダ西岸・バンクーバー島や米国西岸の広い地域の沿岸部と内陸に達した。南部カリフォルニア州でも津波で12人が死亡した。日本でも岩手・大船渡で90センチの高さが記録されたほか、三重・志摩半島ではカキの養殖いかだが流された。
 この津波によって、菌は砂地や木々が広がる陸地へと運ばれた。そしてアメーバや土壌生物が作用して、人や生物へのより強い病原性を持つクリプトコックス菌の「変異体」が誕生して感染力や病原性が増したのではと考えられている。
 津波が運んだという学説ならば、時間の空白が埋められる。
 じつは、クリプトコックス菌がいるのは南米だけではない。オーストラリアやパプアニューギニア、欧州やアフリカなど世界中の温暖な地域にも分布している。
 北米大陸西岸では地震から5年後に初めて人への感染が確認された。それゆえ、今後数年の間に、アラスカ地震だけではなくて、2004年のスマトラ島沖地震(M9.3)や2011年の東日本大震災(M9.0)による大津波の影響で、別の地域に、いままでにない感染症が出現するのではないかと恐れられている。地震の津波で陸上に上がった菌が有害な「進化」をしているかもしれないのだ。
 津波はもちろん大きな災害だ。だがその他に、病気を運んでくる恐れも指摘されているのである。
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