[2019_09_20_13]予見可能性 厳格に判断 東京地裁「長期評価」の信頼性否定 民事訴訟「津波は予見」判決多く 争点整理から担当 永淵健一裁判長(東奥日報2019年9月20日)
 東京電力の旧経営陣3人を無罪とした19日の東京地裁判決は、国が2002年に大津波の危険性を公表した「長期評価」の信頼性を否定した。福島第1原発事故に関する民事訴訟では、長期評価を根拠に「事故は予見できた」とする判断が続いていたが、刑事裁判ではより高度な予見可能性を求めた。

 業務上過失致死傷罪が成立するには、死傷という結果を回避するための注意義務を怠ったとの認定が必要で、その注意義務の前提として「事故を予見できた」という予見可能性が認められなければならない。
 地裁はまず、結果回避義務を果たすには原発の運転停止しかないと断言。ライフラインを止めるほどの措置を求めるには予見可能性についても相応の具体性や信頼性が必要と指摘した。
 予見可能性の有無を決める上で最大のポイントが長期評価だ。判決は、長期評価が@大津波が来る具体的な根拠を示していないAそのため専門家や内閣府は疑問視したB原子力安全・保安院による安全審査にも反映されなかった−として信頼性と具体性を否定した。
 その上で3人の認識を検討し長期評価が関係者間で信頼されていなかったことから「大事故の危険を認識していなかったとしても不合理ではない」と判断した。
 検察官役の指定弁護士は「情報収集義務を尽くしていれば予見できた」とも主張したが、地裁は「情報収集しても大津波が来る信頼性、具体性のある根拠は得られなかった」と指摘。東日本大震災の発生前までは、法令上の規制や国の指針が「絶対約安全性の確保まで前提としていなかった」と判示し、法令の枠組みを超えて3人が刑事責任を負うのは妥当ではないと結論付けた。

 民事訴訟 「津波は予見」判決多く

 東京電力福島第1原発事故の責任は民事訴訟でも争われている。避難者が国や東電に損害賠償を求めた集団訴訟は各地で約30件起こされ、原告は1万人以上。「東電は津波を予見でき、事故を防げた」と評価した判決も多く、個人の罪を問い、立証が厳格な今回の刑事裁判とは異なる判断を導いている。
 初めての判決は、2017年3月の前橋地裁。02年の国の地震予測「長期評価」は合理的で、これを基に試算すれば、東電は大津波の予見が可能で、08年5月ごろには実際に「予見していた」と指摘。電源設備の高台移転などの対策を取れば、事故を容易に回避できたとして、東電の過失を認のた。
 17年10月の福島地裁判決も、東電は予見可能な津波の対策を怠り、事故に至ったとして、過失を認定。18年3月の京都地裁、同月の東京地裁、19年3月の松山地裁などの判決も同様に「予見可能性」と「結果回避可能性」をいずれも認めた。
 一方で、18年3月の福島地裁いわき支部判決は「想定通りの津波到来の可能性は極めて低く、現実的な可能性はないと認識していても不合理ではない」として、具体的な予見可能性は否定。19年8月の名古屋地裁判決も「長期評価は確立した知見ではない」として、予見可能性の程度は高くなかったと指摘した。
 予見できたとしても、事故を回避できなかったとの判断も。17年9月の千葉地裁判決は、予見に基づき国が東電に規制しても、時間的に間に合わないか、津波の規模から事故を回避できなかった可能性があるとした。

 永渕健一裁判長 争点整理から担当

 東京電力の旧経営陣3人に無罪判決を言い渡した永渕健一裁判長(57)は、任官30年目のベテラン刑事裁判官。東京地裁には2016年7月に着任し、争点を絞り込む公判前整理手続きから判決まで一貫して裁判長を務めた。
 大阪、佐賀、高知の各地裁や最高裁での勤務経験があるほか、09年の裁判員制度導入時には司法研修所の教官を務めた。1971年の渋谷暴動事件で殺人罪に問われた過激派「中核派」の大坂正明被告(69)の裁判を担当している。
 他の裁判官からは「周りに流されず、自分の意見をしっかり言う」「オーソドックスで分かりやすい判決を書く」と評価されている。
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