[2019_09_04_01]被ばく上限「命のためじゃない」 ふくしま作業員日誌 54歳 男性(東京新聞2019年9月4日)
 
参照元
被ばく上限「命のためじゃない」 ふくしま作業員日誌 54歳 男性

 原発事故後、被ばく線量の基準がいろいろ変わった。イチエフ(福島第一原発)では、事故直後に作業員が足りなくなるからと、緊急時作業中の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。そして政府の事故収束宣言で突然、緊急作業ではなくなり、通常の「年間50ミリシーベルト以下」「5年で100ミリシーベルト以下」に戻った。
世の中に基準はたくさんあるけど、人間の命を守るためのものだと思っていた。
 でも原発に関する基準は人の命のためじゃない。一般の人の被ばく線量の年間許容限度は1ミリシーベルトだったのに、事故から8年たっても、福島では20ミリシーベルトのまま。しかも、大人も子どもも同じでいいのか。それにこの基準は、作業員の5年間の上限を守るための年間被ばく線量平均と同じ値だ。
 国際基準で大丈夫だからと言うが、それなら今までの1ミリシーベルトはなんだったのか。20ミリシーベルトは、住民を帰還させるためと経済のための基準じゃないのか。
 また、事故後に科学的に分からないことを「被ばくとは関係ない」とか、安全だと言い切っているのも気になる。
 作業員は現場作業以外の生活でも被ばくする。基準が別々にあるが、一人の人間が放射線を浴びていることに変わりない。緊急時はしょうがないにしても、次に原発で大事故が起きれば、被ばく線量上限はただちに250ミリシーベルトに引き上げられる。原子力規制委員会などでも、事故が起きるのが前提で、議論されている。
 作業員の被ばく線量は年度ごとに管理され、4月に「リセット」されて
 新年度の線量枠がもらえるが、浴びた被ばく線量が減るわけではない。
 俺の生涯線量は500ミリシーベルト近い。作業員は金をもらったのだから、病気になっても自業自得だと言われるだろうけど、事故後に来た特に若手が病気になった時は、被ばくとの因果関係を証明しろと言うのではなくて人間的な観点から補償してほしい。
 そうしなければ、次に事故が起きた時に来る作業員はいなくなる。
  (聞き手・片山夏子)(9月4日東京新聞朝刊23面より)
KEY_WORD:FUKU1_: