[2019_07_09_05]「原発ゼロ」にジレンマ=冷める有権者−福島【注目区を行く】(時事通信2019年7月9日)
 
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「原発ゼロ」にジレンマ=冷める有権者−福島【注目区を行く】

 東日本大震災から8年。東京電力福島第1原発事故の爪痕がいまだに残る参院選福島選挙区は、自民と野党統一候補の女性同士による事実上の一騎打ちの構図となった。両者とも原発政策をめぐり陣営内や党本部との間でジレンマを抱える。被災した住民は冷めた目で選挙戦を見つめている。(敬称略)

【特集・参院選】 注目区を行く〜与党と野党、それぞれの地域事情は…〜

 参院選が公示された4日、福島市の果樹園。自民の東日本大震災復興加速化本部で副本部長を務める森雅子は「皆さんのご要望をしっかり入れて復興を進める」と強調。「県内(の原発)全基廃炉を目指して、しっかりと頑張りたい」と約束した。首相安倍晋三も応援に駆け付けた。
 自民県連は原発に対する有権者の懸念を踏まえ、県版政策集では県内原発の全基廃炉実現のほか、廃炉に関する知見の集積も掲げた。だが、安倍政権が決定したエネルギー基本計画で原子力は「重要なベースロード電源」と位置付けられ、自民の参院選公約は原発再稼働を明記。県版との方向性の違いは否めない。
 自民は2017年衆院選では県庁所在地の1区で公認候補が敗れ、16年参院選でも現職閣僚が落選しており、安倍と森は「厳しい戦い」と口をそろえた。県選出国会議員は「県民には自民に対するうつうつとした感情がある」と分析する。
 森は昨年7月の自民1次公認から漏れ、8月に入ってから公認を得た。党関係者によると、森と県議らとの折り合いの悪さが理由だという。野党側の候補者決定の遅れに助けられたものの、陣営内には「あいさつがない」(市議)などの不満がくすぶっている。
 対する野党。新人の水野さち子は6月30日、小雨が降る中でJR福島駅近くの百貨店前に立ち、「福島の復興は、まだまだ道半ばだ」とまばらな聴衆に訴えた。自民の主張を踏まえ、「(県内の)原発全基廃炉の道筋は何一つ示されていない」と声を張り上げた。
 立憲、国民、社民各党県連と県選出無所属議員、連合福島による「5者協議会」は4月に水野の擁立を決定。共産も候補者を取り下げて支援を決め、水野は野党統一候補となった。「原発ゼロ社会の実現」を掲げるが、自民との対立軸を形成できているとは言い難い。陣営幹部は「県内では差別化は難しい」とこぼす。
 原発ゼロをめぐっては陣営内に温度差もある。水野は各党などと原発を含めた5項目にわたる合意確認書を交わしたが、傘下に電力総連を抱える連合福島はこれに加わらなかった。幹部は表向き、「政党間のやりとりには干渉しない」と説明するが、実態は電力・電気工事会社に勤める組合員に配慮した形だ。
 それでも電力総連は水野に推薦を出した。政策全体を見れば、他に応援できる候補はいないと判断したためだ。だが、関係者は「応援しに行った街頭演説で『原発ゼロ』と言われるのは複雑な気持ちになる」と苦しい胸中を吐露する。

 ◇「何も変わらない」

 政府は福島第1原発事故後、周辺11市町村に避難指示を出した。14年4月に田村市東部で解除されたのを皮切りに、段階的に避難指示区域は縮小されている。ただ、現在も双葉町全域と大熊町、浪江町など6市町村の一部では避難指示が継続しており、3万人超が福島県外での避難生活を余儀なくされている。
 「避難指示は解除されているけど帰れない。帰る人が少ないし、お年寄りばかりで、帰っても生活できないから」。福島市の復興公営住宅で暮らす60代女性は、未練を断ち切るように小さく笑みを浮かべた。浪江町にあった自宅は、帰る見込みがないため取り壊したという。
 浪江町では一部を除いて避難指示が解除された17年3月から2年以上が経過した今も、町に戻って生活しているのは1000人余り。避難指示が解除された地域に住民登録を残す町民のうち、帰還を果たしたのは約7%にすぎない。選挙戦を横目に、女性は疲れがにじむ声でつぶやいた。「どっちが当選したとしても、状況は何も変わらないよ」。 

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