[2012_06_20_03]浜岡原発で進む津波対策、安全性は 編集委員 滝順一(日経新聞2012年6月20日)
 
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浜岡原発で進む津波対策、安全性は 編集委員 滝順一

 中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)ではいま、福島第1原発事故を参考に、高さ(遡上高)15メートルの大津波を想定した浸水対策工事が巨費を投じて進行中だ。一方、内閣府の有識者検討会(南海トラフの巨大地震モデル検討会)が3月末、御前崎市付近で最大21メートルの津波の可能性を指摘したため、対策が十分かどうか議論を呼ぶ。中部電力は防波壁だけに頼るのでなく多重的な浸水対策を講じつつあるが、周辺住民らを納得させることができるだろうか。対策工事の様子などを取材した。
 浜岡原発5号機の建屋の上階から見下ろすと、原発敷地内は「一戦を控えた城塞」を連想させる。海に面した南側では総延長1.5キロメートルに及ぶ防波壁の建設が進み、その手前の敷地内では地下を深く掘り下げて新たな貯水槽をつくっている。北側の小高い山は頂上付近が整地され広大な資材置き場ができつつある。いたる所に足場が組まれ、作業員や工事車両が行き交う。その中に混じって背広姿にヘルメットをかぶった見学者の姿も目につく。
 約1400億円を投じる大工事は「世界でいちばん安全な原発にする」(水野明久中部電力社長)ためだという。昨年5月、菅直人前首相の「要請」で稼働中だった4、5号機の運転を停止した。発生がほとんど確実視される東海地震の震源域の真上に原発が位置していることが理由とされた。
 そのときから定期検査中で動いていなかった3号機も含め、浜岡の3つの原子炉は運転再開への道程がはっきりしない。停止の経緯から、再開の手続きも他の電力会社の原発とは異なるステップを踏む。ストレステスト(耐性調査)1次評価を経るのではなく、2次の総合評価にいきなり進むこともありうる。2次評価を実施した原発はまだなく、新設の原子力規制庁が評価をチェックすることになる。そんな先行き不透明ななかで大工事にまい進する様子には、再開にかける中部電力の意地のようなものさえ感じられる。
 最も目をひく浸水対策である防波壁は、鉄筋で補強された鋼板製の巨大な箱構造だ。地上に現れた壁の高さは10〜12メートル、壁の厚さは2メートル。地下10〜30メートルまで深く基礎構造が入っており、鉄筋コンクリートで地上部と基礎が一体化される。
 壁は長さ12メートル分がひとつのブロックを構成し、それを109体並べて、総延長約1.5キロの長い壁を構成する。壁を築いている場所は浜辺の「砂丘堤防」の内側で、地表面の高さが海抜6〜8メートル。壁のてっぺんの高さが海面から18メートルになる計算だ。
 砂丘堤防(高さ12メートル)を海水が乗り越えてきたら防波壁で受け止める計画だが、壁はブロックごとに切れ目がある。こうした構造は施工上やむを得ないかもしれないが、これで津波の巨大な運動エネルギーを受け止め切れるか、津波到来前の地震で壁の間に海水の浸入を許す隙間ができることはないか、専門家による検証が要るだろう。
 浸水のリスクは堤防のほか、貯水槽にもある。浜岡原発は福島第1原発などと違い、敷地内に専用港がない。海側は砂丘だ。このため冷却水は海岸から沖合に約600メートル離れた取水塔(原子炉1基に一つずつ)から取り込み、地下トンネルで原子炉建屋の足元の取水槽まで引き込んでいる。津波到来時に押し寄せた海水が取水槽から敷地にあふれ出る可能性がある。
 中部電力の対策は、もし防波壁が乗り越えられたり取水槽があふれたりした場合も想定して、建屋の水密性を徹底している。原子炉建屋の搬入口を2重化して海水が押し寄せても容易に壊れないようにするほか、建屋内の非常用ディーゼル室(1階)や非常用炉心冷却系機器室(地下2階)に水密扉を追加したり補強したりする。また貯水槽の脇にある海水取水ポンプの周りを壁(高さ1.5メートル)で囲う工事を進めている。敷地に浸入した海水を建屋に入れないようにする。
 さらに万が一、海水の浸入を許してディーゼル発電機などが動かず電源喪失に陥った場合でも、原子炉を冷やし続けられるよう、建屋の屋上に予備のディーゼル発電機を置いた。また背後(北側)の高台(海抜25メートル)にガスタービン発電機や貯水タンクを置き電気や水を供給できるように考えた。ブルドーザーなどの重機や予備のポンプなど緊急時の資材も高い場所に保管し、がれきを除去して予備品を運搬できる態勢を整えた。
 かねて浜岡の弱点だと反原発団体などから指摘されてきた「引き波」の問題にも手をうった。津波の引き波で沖合の取水塔が海面から露出したら取水ができなくなる事態がありうると指摘された。これに備えて既存の取水槽とは別に新たな地下貯水槽を3〜5号機に一つずつ(容量各約1000トン)建設中で、くみ上げ用ポンプも既存の設備とは別に新設し水密性のある建屋に収めた。これによって取水ができなくても原発を冷却を続けられる時間を20分間延ばした。その間に引き波が終われば取水に支障はないという計算だ。
 地震対策については、08年の時点で対策を終えている。東海地震や、東海・東南海・南海の3連動地震(マグニチュード8.7)を想定し、耐震基準で示された揺れの強さ(加速度)800ガルを上回る1000ガルの自主目標を設定し、排気塔や配管の支持構造を強化し揺れに強くした。
 現在進行中の津波対策については12月末までに終える計画で、その結果の確認を中部電力は原子力・安全保安院に要請している。昨年の停止時の申し合わせで、経済産業省は対策を「評価・確認する」と約束していることに基づく。
 ただ「地元の理解をいただくことが大事」(倉田千代治・中部電力浜岡地域事務所長)と、再稼働時期の設定には慎重だ。仮に防波壁などの津波対策が「合格」しても、それとは別に全原発を対象にしたストレステスト2次評価の対象になる。しかし政府が2次評価をどう進めるのかはっきりせず、そこへ3連動地震の揺れや津波の想定をかさ上げする議論が生じており、不確実要因が多い。
 また新たな原子力防災体制として、原発周辺30キロ圏まで対策を考えることになると、これまで安全協定を結んできた4市(御前崎、牧之原、掛川、菊川市。人口約25万人)から、7自治体(約78万人)にまで拡大。緊急時に現地対策本部を置くオフサイトセンターの移転も必要になる。牧之原市議会が昨年、「確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り、永久停止にすべきである」と決議するなど、原発を見る目は厳しさを増している。
 中部電力は周辺自治体などから見学者を積極的に受け入れている。大がかりな津波対策工事や多重的な対策ぶりを見せて安全への熱意をアピール、再稼働への理解を醸成しようとしているようにみえる。浜岡原発の将来は中部電力の経営にとどまらず、東海地域の生活や産業活動にも影響を与える。政府は現状を成り行き任せにしておくのではなく、早期に方向性を示すべきだろう。

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