【記事66050】活発化する火山活動 噴火予知はなぜ難しいのか? 島村英紀(地球物理学者、武蔵野学院大学特任教授)(THE_PAGE2018年2月20日)
 
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活発化する火山活動 噴火予知はなぜ難しいのか? 島村英紀(地球物理学者、武蔵野学院大学特任教授)

 各地で火山活動が活発化がみられます。先月23日には草津白根山(群馬・長野県境)が噴火。30日には蔵王山(宮城・山形県境)、2月に入ると、霧島連山(宮崎、鹿児島県境)の御鉢、硫黄山が相次いで噴火警戒レベル2に引き上げられました。桜島(鹿児島県)では19日に爆発的噴火が起こっています。一方で、草津白根山の噴火は、2014年9月の御嶽山(岐阜・長野県境)の噴火と同じく、はっきりとした前兆がなく起こったことが注目されました。噴火予知はなぜ難しいのか。地球物理学者で武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏に寄稿してもらいました。

【図表】草津白根山が噴火 「噴火速報」と「噴火警戒レベル」とは?

最も警戒された火山の一つ

 群馬県の草津白根山が1月23日に噴火しました。気象庁からは事前に何の警告もない噴火だったので、噴火口から100メートルあまりしか離れていないスキー場にいた15人ほどが死傷する事故になってしまいました。しかし火山学的には、この噴火は2014年の御嶽噴火の1/10以下という小さなものでした。水蒸気噴火だったと思われています。たまたま人がごく近くにいたので大きな被害を生んでしまったのです。
 実は草津白根山は、日本にある活火山110あまりのうちでも、最も警戒されていた火山で、現に2007年に気象庁が「噴火警戒レベル」を設定し始めたときにも、一番初めに設定されたグループに入っていました。
 草津白根山は標高2160メートルの大きな山で、山頂である白根山(しらねさん)は北部にあり、中央に逢ノ峰(あいのみね)、南部に本白根山(もとしらねさん)の3つのピークがあります。観光地としても有名な湯釜(ゆがま)は白根山の山頂近くに位置し、直径は約300メートル、深さは30メートルあります。水温は約18度と、それほど高くはありませんが、ここの水は白く濁ったエメラルドグリーンという不思議な色で、これは火山ガスが溶け込んでいるせいです。
 湖水のpHは約1で、世界でも有数の酸性度が高い湖で、これは火山ガス中の塩化水素や二酸化硫黄が水に溶け込み、塩酸や硫酸となったためです。このほかにも火口湖があり、山頂部には北東から南西に並ぶ水釜、湯釜、涸釜(かれがま)の3 つの火口湖があります。
 いままで草津白根山は、もっぱら火山性の有毒ガスを出す火山として活動を続けてきたので、その火山ガスが出ている北部の白根山だけを警戒していました。
 地震計をはじめ、火山ガスや地殻変動の観測器は、北部に集中していました。つまり、今回の噴火が起きた南部はノーマークだったのです。また噴火の様式としても、今回の噴火のように、ほとんど火山ガスを出さず、爆発的な噴火を起こすとは想定されていなかったのでした。

前兆らしい変化示すことなく噴火

 この草津白根山では2014年に湯釜周辺で火山性地震が増加し、山体の膨張を示す地殻変動が観測されたほか、いろいろな火山活動の活発化を示す兆候が現れていました。これらのことから、噴火警戒レベルが1から2に上げられ、火口周辺規制が敷かれました。しかし、これらの変化は次第に収まってしまい、2017年夏には噴火警戒レベルが1に引き下げられていました。その7か月後に噴火が起きてしまったのです。
 噴火した南部はノーマークとはいっても、地震計や地殻変動の観測器がカバーする範囲には入っていました。このため、火山性地震や火山性微動、マグマが上がってきたことが分かる山体膨張は、例え南部の地下で起きていたとしても、十分感じられるはずだったのです。しかし、そのどれもが前兆らしい変化を示すことのないまま、噴火が始まってしまったのです。
 しかも、やはり予告なしの御嶽山噴火の後、導入されたはずの「噴火速報」も出されませんでした。これは噴火してから登山者などに携帯メールで流す情報ですが、今回は噴火したという情報が気象庁に入ったのが遅く、出せなかったのです。
 噴火したときの噴火警戒レベルは1でした。噴火警戒レベル1とは、かつて「平常」とされていたもので、2014年の御嶽山噴火の後に、表現だけ「活火山であることに留意」に変えられましたが、一般の人にとっては「規制は解除された。山頂まで行ってもいい安全宣言が出た」と思われても仕方がないのが、この噴火警戒レベル1ということでした。
 この噴火警戒レベルは、科学的なものでも日本の火山に一般的に決められるものでもなく、経験とカンだけに頼って気象庁が出しているものです。あえて言えば、その上に観光で生きている地元への配慮という政治的な判断も入っています。幸い、噴火はしなかったものの、箱根で2016年の年末に噴火警戒レベルを下げたのも、政治的な判断と言えるでしょう。

「見逃し」はないとされてきた噴火予知

 草津白根山で噴火した本白根山は3000年前から1万年前までは、さかんに噴火していたことが、火山地質学の調査から分かっています。ただ最近に至る約300年間は、噴火はもっぱら草津白根山の北部、つまり白根山の山頂付近で起きてきました。
 人間にとっては3000年というのはとてつもなく前の歴史ですが、火山や地球にとっては、ごく短いものなのです。現に活火山かそうでない火山かを見分けるのは「1万年」が境になっています。
 草津白根山の場合には、この近年の噴火だけを反映して、ハザードマップが作られていました。そして、このハザードマップを下敷きにして、地域の防災計画が作られるので、草津白根山の場合には、南部での爆発的な噴火は忘れられていたのです。
 1月の草津白根山の噴火は小さな水蒸気噴火だったということで、前兆はほとんどなかったのではないかと思われています。大規模にマグマが上がってきて、大規模な山体膨張が起き、それが地殻変動の測器に捉えられれば、前兆としてわかる可能性があります。
 「見逃し」があって不意打ちになる地震予知と違い、かつて噴火予知は「見逃し」はないが「空振り」はあると言われました。地震予知は2017年の秋に政府が“白旗”を揚げたように「現在の科学では不可能」ということが明らかになっています。
 それに比べて、なんの前兆もなくていきなり噴火することはなく、何かの前兆があって噴火しない例はあっても、前兆も観測されずに噴火することはないと言われていたのです。
 しかし残念ながら、御嶽山噴火に続いて、この草津白根山の噴火も、噴火警戒レベル1という噴火から遠いと思われたときに噴火して、大きな被害を生んでしまいました。

火山ごとの噴火データがほとんどない

 火山は、その火山ごとに性質が大きく違います。いくつかの火山は、機械観測が始まってから何回も噴火があったので、噴火に至る過程も比較的よく分かっています。例えば、浅間山(群馬・長野県境)や桜島(鹿児島県)です。
 火山の観測には、火山体の中で起きる火山性地震の観測や、火山性微動の観測、地殻変動、火山から出てくるガスや水の火山化学の観測などがあります。日本の活火山は110あまりありますが、その半分以上では、この種の観測が行われています。
 しかし、浅間山や桜島以外のほとんどの火山はこれらの観測を展開してから噴火が繰り返されていません。つまり噴火予知のデータとしては不十分なのです。
 火山ごとに性質が違いますから、機械観測を展開してから、その火山で少なくとも1、2回の噴火がないと噴火予知の知識は蓄積されないでしょう。

噴火の恐れがある他の火山は?

 日本にはいつ噴火しても不思議ではない活火山がいくつもあります。次の噴火はどの火山かを言うことは難しいのですが、蔵王山(ざおうざん)、吾妻山(あずまやま)、日光白根山(にっこうしらねさん)などは火山性地震も増えているので、噴火がそう遠くない可能性があります。
 それ以外に、富士山や箱根山(はこねやま)も、いつ噴火してもおかしくない活火山です。しかもこれらの火山が噴火したら、観光客など、周囲に多くの人が集まっているだけではなくて、首都圏にまで大きな影響を及ぼすでしょう。
 例えば富士山の一番近年の噴火は1707年の宝永噴火でしたが、そのときには、噴火後2時間で江戸に火山灰が降って、江戸中が暗くなったことが分かっています。次の噴火では、文明が進歩しただけ、いままでにない災害になる可能性が大きいのです。
 そして、まずいことに富士山の場合はこの噴火の前に何が起きて噴火に至ったかが、なにせ300年以上前のことですから、何もわかっていないことなのです。
 箱根山は最後の噴火以後1200年も経っています。しかも、もっと前の箱根の噴火では横浜まで火砕流が到達したことが分かっています。今後起きたら、大災害になるでしょう。
 もちろん、富士山や箱根はいつ噴火してもおかしくない活火山なので、各種の機械観測が行われています。しかし、機械観測で前兆を捉えたことはないので、観測データがどこまでいったら危ないのか、が分かっていないのです。
 もちろん観測器が今よりも多くて、現在はごく手薄な火山学者が多ければ、前兆をもっと捉えられるようになるはずですし、噴火に至る過程もずっと分かるようになるでしょう。しかし現状では、気象庁や大学の火山観測の予算はごく限られていますし、論文を書いて活発な研究活動をしている火山学者は、全国でも20人前後しかいないのです。

■島村英紀(しまむら・ひでき) 武蔵野学院大学特任教授。1941年東京生。東京教育大付属高卒。東大理学部卒。東大大学院終了。理学博士。東大助手、北海道大学教授、北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所長などを歴任。専門は地球物理学。2013年5月から『夕刊フジ』に『警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識』を毎週連載中。著書の『火山入門――日本誕生から破局噴火まで』2015年5月初版。NHK新書。『油断大敵! 生死を分ける地震の基礎知識60』2013年7月初版。花伝社。『人はなぜ御用学者になるのか――地震と原発』2013年7月初版。花伝社、など多数

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