【記事70760】各地の火山から毒(島村英紀2018年6月8日)
 
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各地の火山から毒

 宮崎、鹿児島県境にある霧島連山の硫黄山(標高1317メートル)で噴火が始まって2カ月になろうとしている。
 噴火がその後拡大しているわけではないので、幸い人体の被害はない。だが、ヒ素などの有害物質が大量に流れ出して農業に深刻な影響をもたらしている。えびの市内を流れる長江川から、環境基準値の最大約200倍のヒ素が検出されたのだ。
 水田は大量の川の水を使う。作付けされなくて今季の稲作を断念した水田は計1230ヘクタールにものぼった。1400軒もの農家が稲作をあきらめたのだ。
 じつは各地の火山から有害なものが出てきている例は多い。
 火山から出て来る有毒なものは、ヒ素のほか、水銀や硫化水素や亜硫酸ガスや二酸化炭素やメタンがある。これらはいずれも人体に有害なガスで、多くは無色のガスだ。
 2015年には秋田県・乳頭温泉で硫化水素ガスで3人が死亡した。空気より重くて窪地に溜まっていた硫化水素ガスの中で死亡したのだ。
 硫化水素ガスは「タマゴの腐ったような臭い」と言われるが、じつは、濃度が高いと人間の嗅覚がマヒしてしまって感じなくなる。死亡した3人は温泉の維持管理にあたっていた現場のプロだった。
 ちなみに、よく「硫黄臭」と言われるものは硫化水素ガスの臭いのことで、硫黄そのものには臭いはない。
 また2010年にも青森・酸ヶ湯(すかゆ)温泉上方の沢で、山菜採りに訪れていた女子中学生1人が、現場に滞留していた火山ガスで中毒死する事故も発生している。
 1997年には青森・八甲田山(標高1584メートル。ただし八甲田山は火山群の総称で八甲田山という山はない)で窪地から噴出して滞留していた高濃度の二酸化炭素ガスで自衛隊員3人が訓練中に窒息死する事故が起きた。ここはあちこちから有毒な火山ガスが噴気している活火山だ。
 また1971年に群馬・草津白根山(標高2160メートル)では硫化水素や二酸化炭素で死者6人を出したことがある。
 水銀の蒸気を普段から出している火山は多い。たとえば姶良(あいら)カルデラの噴火が作った鹿児島湾の底からは、火山起源の水銀がいつも出てきている。特産品のタチウオなどの水銀汚染が発見され、1997年に出荷停止になった。
 阿蘇山のロープウエーの乗り場や駐車場には、「喘息の方はご遠慮ください」という看板がある。喘息の人だと、通常人の警戒値の100分の1というごく微量の亜硫酸ガスでも発作を引き起こすからだ。
 いま、盛んに噴火しているハワイの火山。ここにある火山観測所に勤務する研究者には厳しい雇用契約が待っている。
 それは、2年を越えて研究を続けようと思ったら、新たな契約にサインしなければならないことだ。「健康を損ねても雇用者である米国政府は責任を負わない」という契約書である。これは火山から出てきている有毒な火山ガスのせいだ。
 自分の研究をやり遂げるのか、あるいは自分の健康を守るのか、研究者は選択を迫られるのである。


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