【記事83161】草津白根山の規制解除に抗議の辞任(島村英紀2019年4月26日)
 
参照元
草津白根山の規制解除に抗議の辞任

 群馬・草津白根山でゴールデンウィークを控えて、先週から通行止めを解除した。この解除に抗議して大学の先生が地元の防災協議会の委員を辞任した。
 この先生は東京工大の野上健治先生。東京工大は1986年に草津白根山に火山観測所を設置して観測を続けていて、現地に住み着いているホームドクターの火山学者なのである。東京工大は野上先生の先代の時代からホームドクターを務めている。
 現地のホームドクターは、その火山についていちばん知っている科学者だ。
 たとえば、2000年の北海道・有珠(うす)山の噴火予知に成功したのも岡田弘さんというホームドクターの北海道大学の先生が「噴火が近い」と気象庁に強く申し入れたことによって危険地域に住む1万人あまりが避難した。そのために人的な被害を避けられたのだった。
 今回の草津白根山では、そのホームドクターをさしおいて通行止めを解除したのは、明らかに観光客対策である。じつは2015年11月に箱根の噴火警戒レベルを解除したのも、正月を控えての観光客対策としか思えない。
 気象庁の噴火警戒レベルを受けて通行止めや噴火口付近の立ち入りを規制するのは地元の群馬県草津町である。今回は地元の首長が防災協議会の専門家の異論を無視して決めた最初の例になった。
 そもそも、いまの噴火警戒レベルは「経験とカン」だけだったが、さらに政治的な配慮も入れて決めているものだ。ある観測器がある数値を示したらレベルがいくつ、というようなものではない。
 「経験」が十分あるところはごく少ない。機械観測を始めてから数十回以上の噴火を経験したのは長野・群馬県境の浅間山と鹿児島・桜島だけだ。それゆえ、ほとんどの火山には「経験」がない。それゆえ噴火警戒レベルも、どの火山でもあてになるものではない。
 じつは昨年1月の草津白根山の噴火は、警戒していたところではなくて、南の本白根山だった。それまでの草津白根山の火山防災マップでは、想定火口が北部の湯釜に限られていた。
 本白根山は約3千年前から約1万年前までは、さかんに噴火していたことが地質学的な調査から分かっている。だが、歴史記録が残っている約300年間は、噴火はもっぱら草津白根山の北部、つまり湯釜付近で小規模な水蒸気噴火が繰り返し起きてきたから、そこばかり警戒していて、南のことは忘れていた。
 幸い、箱根はその後は噴火していないが、草津白根山はどうなるか、科学的には不明である。近々噴火しないという確証はない。ホームドクターの先生が抗議の辞任をしたのは、よほどのことがあったに違いない。
 観光でしか食えない地元は、草津白根山や箱根に限らず、日本中に多い。
 観光にあまりに前のめりになって、そのうちに被害を出さなければいいのだが。

KEY_WORD:_