【記事83330】災害の命名(島村英紀2019年5月10日)
 
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災害の命名

 自然災害にはいろいろあるが、災害に名前を付ける権限を持つのは気象庁だけだ。その気象庁が揺れている。
 昨年9月には関西空港が水没した台風21号が西日本を襲った。だが気象庁による呼称は今のところ付けられていない。
 気象庁は、台風21号について「命名するかどうかを検討中」なのである。この5月までに定める方針だという。
 基準があいまいだったために名付けられなかったケースも少なくない。
 たとえば43人の死者を出した1991年の「雲仙岳噴火」と人的被害はなかった2000年の「有珠山噴火」は名づけられたが、死者・行方不明者が63人にもなった2014年の御嶽山の噴火は気象庁によって命名はされていない。
 関係者から見れば、大変な被害を被ったのだから、災害に名前をつけてもらえなかったのは不満かもしれない。
 じつは、名づけるには、政治的な動機もある。
 1968年に「十勝沖地震」が起きた。この地震の震源は、北海道・襟裳(えりも)岬と青森・八戸のほぼ中間点にあったから、青森県も大きな被害を受けた。
 しかし、地震の名前が「十勝沖」だったばかりに、国民の同情を集めたり、政府の援助を獲得するうえで青森県はたいへんに損をした、と青森県選出の政治家は深く心に刻んだに違いない。
 15年後の1983年に秋田県のすぐ沖の日本海で大地震が起きたときに、この青森の政治家はいち早く気象庁に強い圧力をかけたと言われている。
 この地震は秋田県の沖に起きたのに、秋田沖地震ではなくて「日本海中部地震」と名付けられた。
 また、2011年に東日本大震災を起こした地震の名前は「東北地方太平洋沖地震」と名づけられている。
 ともに沿岸各県に政治的な配慮をした地球物理学から見るとへんな名前だ。「太平洋沖」とするとハワイや南米沖まで入ってしまうから、こんな取ってつけたような組み合わせの名前になったのであろう。
 他方、2000年に鳥取県の西部、島根県境からも岡山県境からもそう遠くないところに大地震が起きた。「鳥取県西部地震」だ。気象庁の係官は、胃が痛くなるような思いだったに違いない。
 しかし、拍子抜けだった。ここでは十勝沖地震のときとは逆さまのことが起きた。県の名前を付けられると、観光客が減る、という「意向」が某県から伝えられたのだ。人口の集中に悩む都会を別にして、農業や漁業や地場産業の不振が続き、頼りは観光だけという日本の現状が、地震の名前にも現われているのである。
 台風のように被害の範囲や期間に広がりがあるものは特定の地域名を付けるのはとくに難しい。
 災害列島ニッポン。「災害の時代」だった平成の30年余りの間に気象庁が名称を付けた地震、気象災害、火山噴火は計30もある。年に1度は深刻な災害が起きていたことになる。
 災害に名前を付けるには災害の教訓を継承する目的もあるはずだ。だが、災害に名前を付けるにはさまざまな配慮が必要なのである。
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